母から娘へ。引き継がれる「農」を描いた韓国映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』

ライターズコラム

マンガ原作、日本映画のリメイク

韓国では昔から、日本のマンガやミステリー小説の人気が高く、それらを原作とした映像作品も数多く作られています。2020年の米アカデミー賞4部門を制覇した『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督も、浦沢直樹の大ファンだと公言するくらい。

数年前、韓国のとある地方都市の小学生たちに取材する機会がありました。私の「日本と聞いて何を連想しますか?」との質問に、ほとんどの子供は「アニメと日本料理」と答えてくれました(1人だけ、ちょっとひねた雰囲気の男の子が「歴史認識の誤り」と答えて、クラスメイトたちの苦笑を誘っていましたが)。

今回取り上げる『リトル・フォレスト 春夏秋冬』(2018年)は、2002年から2005年にかけて発表された五十嵐大介『リトル・フォレスト』が原作です。東北地方の農村を舞台に、都会からやってきた女子大生が半ば自給自足の生活を送る「読んで美味しい作品」として評判を呼びました。
2014~15年に橋本愛主演で映画化され、その3年後に韓国でリメイクされたわけです。

日本版は、『リトル・フォレスト 夏/秋』『リトル・フォレスト 冬/春』と、あわせて3時間51分の2部構成。
開始30分ほど、何の事件も起こらず、ヒロインが田畑の手入れをしたり、パンを焼いたりジャムを煮たりする場面が延々と続く。ドキュメンタリータッチで、農村の「スローライフ」が綴られます。

一方、韓国版の監督は、男性中心だった韓国映画界で数少ない女性監督の1人、イム・スルレ。2008年、女子ハンドボール韓国代表チームの奮闘を描いたスポーツ映画『私たちの生涯最高の瞬間』で大ヒットを飛ばしました。マイナースポーツに携わるアスリートたちの、女性であるがゆえの悩みや苦しみを笑いと涙で描き、観客動員400万人を記録。
その後も、日本のSTAP細胞騒ぎに似た研究不正を、骨太に描いた社会派映画『提報者 ES細胞捏造事件』(2014年)で175万人を動員するなど、ヒットを連発しています。

この映画も、エンタメ職人としての手腕を活かし、原作のエッセンスや設定を活かしつつも、ストーリーを巧みに再構成、起承転結が明確な、テンポの良い100分の作品に仕上げ、地味な題材にもかかわらず、150万人の観客を動員しました。

ゆったりとした雰囲気に癒されたい方には日本版がお勧めですし、きびきびした語り口を楽しみたい向きには韓国版がうってつけ。どちらもそれぞれ良い面がありますし、比較して論じた著作もあります(チョン・スワン著『映画にみる韓国と日本 リメイク作品から考える比較文化論』弦書房)。

今回、韓国版をベースに書くのは、個人的にこちらの方が好みというだけです。できれば、それぞれの違いを楽しんでいただければと思います。

唐辛子スープからお好み焼きまで、料理で綴られる物語

冬の夜。白く染まった山間の村の畦道を、リュックサックを背負った若い女性が、雪を踏みしめ歩いている。
彼女が、本作のヒロインであるヘウォン(キム・テリ)。ソウルの大学に通っていたけれど、目指していた教員試験に落第、傷心を抱えて故郷に戻ってきた。

やがて見えてきた一軒の農家。扉の鍵を開け、家の中に入るなり、玄関に寝そべって大きく伸びをするヘウォン。しかし、すぐに「寒い」と震えながら起き上がり、ストーブに火をくべる。体が温まり、こわばっていた表情に柔らかな笑顔が。同時に、お腹が鳴る。

彼女が向かった先は台所。見つけられたのは僅かなお米と唐辛子スープの素。スコップを手に外に出て積もった雪をかきわけ、庭の畑に植えてあった白菜とネギを発見。台所に戻って即席の野菜スープのできあがり。湯気のたつ、あったかご飯とスープで夕食をすませ、幸せそうにストーブの側に寝そべるヘウォン。

この開始3分ほどのシークエンスに、作品のテーマが凝縮されています。ヒロインが最初に作る、ご飯と赤い唐辛子スープの組み合わせは、日本で言えばご飯に味噌汁。厳しい冬の自然のなかで採取した物を、火を使って調理し、冷えた身体を温めるもの。すなわち、いのちを保つという「食」の原点が作品のテーマだと提示されるわけです。

続いてヒロインが作る料理は、小豆や餅米、卵などを重ねた蒸し菓子シリット。幼馴染みを招いて、ささやかなお茶会。身体を温めるのとは違い、親しい間柄で楽しみを分かち合うためのスイーツという、「食」のもつ別の要素が提示される。

日本版は、蒸し暑い夏から始まり、ヒロインが湿気をとるために敢えてストーブを焚き、熱がもったいないからとパンを焼く場面で始まります。ヒロインのナレーションによって、エアコンなしに湿気を防ぐ生活の知恵や、パンの材料、調理方法の蘊蓄が語られます。

一方、韓国版では、それぞれの料理について、一切説明がありません。双方のバージョンを見くらべて、そこに物足りなさを覚える人も少なくないようです。
しかし、韓国版があえて説明を排したのは、明確な理由があると思います。すなわち、作り手が重きを置いて伝えようとしているのは、それぞれの料理の知識ではなく、「食」の持つ根源的な意味だからです。

こんな場面があります。ヘウォンがソウルで暮らしていた時、アルバイトをしているコンビニで売っていたお弁当を下宿に持ち帰るのですが、口に入れても舌が受け付けず、吐き出してしまう。
なぜ彼女が帰郷したのか、理由が示される場面です。教員試験に落ちたのはきっかけにすぎず、要するに都会になじめなかったのです。

このように、この作品では説明台詞や事件ではなく、料理を通してドラマが語られます。すいとん、マッコリ、3色すみれを散らしたプレーン・スパゲティ、豆乳スープ、山菜の天ぷら、お好み焼き……。

ヘウォンは、食を通して友との旧交を温めたり、農業を営む叔母を手伝いながら、短期間の帰郷の予定をずるずる延ばし、いつしか春を迎えることになります。

母が娘に教えた、自然とともに生きるということ

春。ヘウォンは、畑に出て、ジャガイモを植え始めます。夏にはトマト。秋には山の入会地に入って栗拾い。
短期間の滞在のはずが、いつの間にか土に根ざした生き方を1年近く続けることになった。何かをきっかけにそう決めたわけではなく、自然に。

ヘウォンは幼くして父を亡くしました。もともと都会で暮らしていた一家は、父の療養のため、田舎に引っ越してきた。父が亡くなった後、母は田畑を耕して生計をたてながら、ひとり娘のヘウォンに料理を教えます。「料理は、その人の生き方が現れるのよ」と言いながら。

その母は、ヘウォンがソウルの大学に合格したのを契機に家を出て、音信不通になります。
なぜ母は姿を消したのか。具体的な理由は映画をごらんください。結果的にヘウォンは、母が教えてくれた生き方を、いつの間にか自然になぞっていたわけですね。

秋になった頃、ヘウォンが街に出てATMから貯金をおろし、もう残高がなくなっていることに気づく場面があります。土に親しむのは楽しい。友を呼んで料理を楽しむのも楽しい。でも、それだけで生きていけるわけではない。そして、彼女が選んだ生き方とは……。

そう。農業でした。

ヘウォンの母は、都会で暮らした後、田舎で暮らし、再び田舎を捨てます。田舎に生まれたヘウォンが、都会に暮らし、再び田舎に戻ってきたように。

ヘウォンの母を演じるのは、ムン・ソリ。2002年の映画『オアシス』(ベネチア国際映画祭監督賞)で、知的障害者の青年と恋に落ちる脳性麻痺患者を演じ、世界の映画ファンに衝撃を与えました。下町でたくましく生きるおっかさんから、派手な異性関係を楽しむセクシーな大学教授まで、幅広い演技のできる俳優です。
この映画では、どちらかというと都会的な雰囲気で、土や食に親しみながらも、知性を感じさせる母親を演じています(日本版では、『聡明な女は料理がうまい』という著作のある評論家・桐島洋子の娘で、西洋的なビジュアルの桐島かれんが演じました)。

一方、ヘウォンを演じるキム・テリは、2016年公開の『お嬢さん』のヒロインに抜擢され、植民地時代の朝鮮で日本人令嬢と恋に落ちる田舎娘を演じて話題になりました。『リトル・フォレスト』公開時は28歳と、遅咲きの俳優ですが、どこか垢抜けない童顔が特徴。

都会的な母が、田舎が似合う娘に、自然に根ざした生活の素晴らしさを教えた。これが意味するものはなんでしょう。

「定植」のため、1人1人が抱く「小さな森」

ある登場人物が「定植」という言葉を口にします。苗を植える場所と、芽吹いた後に根付かせる場所は別。人間は1ヶ所で、同じ生き方をする必要はない。さまざまな場所を行き来しながらも、どこかで自分だけの生き方(それがタイトルのリトル・フォレスト/自分だけの小さな森)を大事にすればいい。

その教えが「食」という、生命に根ざした要素で、母から娘へと「女系」で伝えられるわけです。

韓国でミリオンセラーとなり、日本でも翻訳小説としては異例の大ヒットとなった『82年生まれ、キム・ジヨン』(映画化され、2020年10月から日本でも公開)でも、女性であるがゆえの生きづらさを、どう克服していくか、母から娘へのリレーとして描かれました。

以前紹介した誉田哲也著『幸せの条件』は、擬似的な父親(上司/おっさん)が言葉で若い「娘」を導く物語でした。人それぞれ生き方がある。自分の生きてきた道をどう伝えるか、そのやり方もさまざま。

母から娘へ、言葉ではなく「振る舞い」で伝えていく物語は、セクシュアリティについての常識が見直されつつある現代の、新しい潮流かもしれません。

ところで、イム・スルレイ監督作には、農家に生まれ育った男性が、一度都会で挫折し、再び農村に戻るという、『リトル・フォレスト』と同様のストーリーでありながら、180度作風の違う映画があります。次回でご紹介します。(敬称略)

福岡貴善

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最近、長野県松本市に引っ越してきたフリーランス・ライターです。20年以上の出版社勤務経験を活かし、大好きな映画、小説、音楽など様々なテーマに絡めて「農」を考...

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