アメリカ史のタブー、開拓農民抹殺計画を扱った映画『天国の門』

ライターズコラム

呪われたハリウッド大作

前回紹介した西部劇映画の古典『シェーン』は、19世紀末のアメリカで、大規模放牧業者と定住農民との摩擦から起こった歴史的大事件を題材としていました。27年後の1980年、2年前に『ディア・ハンター』でアカデミー監督賞を受賞したマイケル・チミノが、同じ題材をもとに、より史実に沿って映画化したのが、『天国の門』です。

この映画は、長らく「呪われた作品」と言われてきました。製作費1100万ドルという、当時としては破格の大作として始まったのですが、徹底的に史実にこだわったチミノ監督が、大規模なセットを組んでは気に入らないと作り直させたりしたため、最終的に4400万ドルにまで膨れ上がったのです。
完成した作品の評判はさんざんで、1週間で打ち切り、収益は予算の1割以下の340万ドル余。制作会社のユナイテッド・アーチスツがМGМ(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)に吸収合併されるにまで至った、まさに悪夢のような事態を招いたのです。

一つには、舞台と登場人物を最小限に絞り込み、開始数分で物語の構造と主要人物の関係性を手際よく描いた『シェーン』と異なり、『天国の門』はスケールの大きさが仇になりました。映画開始から20分、物語と直接関係のない、ハーバード大学卒業式が延々と続くのです(主役2人が在籍していたというだけで)。さらに、物語の基本的な構図が明らかになるまで、観客は30分近くを耐えなければならないのです。

マイケル・チミノ監督は、ベトナム戦争に巻き込まれるロシア系の若者たちを描いた『ディア・ハンター』の冒頭で、ロシア風結婚式を長い時間を割いて描きました。同様に『天国の門』でも、ロシアから来た開拓農民たちが、母国から持ち込んだお祭りなどを楽しむ姿を、大量のエキストラを動員して再現しています。脇道が多く、物語のテンポがやや冗長なのも、失敗の原因かもしれません。

もっとも大きな要因は、映画が公開された1980年11月は、当時のソ連に強硬姿勢を取り、タカ派と言われたレーガンが大統領に当選した時だったことだと思われます。アメリカ全体に保守的な風潮が広がっていた時期に、この映画が抉り出したアメリカの暗い一面――ロシア移民を迫害する白人富裕層――は、とうてい受け入れられなかったでしょう。
しかしながら、それゆえに、今こそ見るべき作品として紹介したいと思います。

大規模牧畜業者組合が作った125人の抹殺リスト

物語は1870年、ハーバード大学の卒業式で始まります。それから20年後の1892年、同級生で親友だったジェームズ・エイブリル(クリス・クリストファーソン)と、ビリー・アーヴァイン(ジョン・ハート)はアメリカ中部のカナダとの国境に近いワイオミング州のジョンソン郡で再会します。ビリーは大規模牧畜業者、ジェームズは保安官として。

当時のジョンソン郡は、ロシアからの移民で溢れていました。貧しさからの脱却を夢見てアメリカに渡ってきた彼らは、土地を購入し開拓に従事しました(『シェーン』のスターレット一家のように)。そんな移民たちの私有地が乱立することで、思うように放牧できなくなった大規模牧畜業者の組合は、移民たちの排除を決意します。

『シェーン』では、開拓農民を敵視する牧畜業者の悪玉ライカーは、無法者のようないでたちで登場しました。一方『天国の門』に登場する牧畜業者たちは、三つ揃えのスーツを着込み、髪や口ひげをきれいに整えた富裕層。そんな連中がなんと、125人の排除すべきリストを作成。数十人のガンマンを日当5ドルと、1人殺害するごとに50ドルの報酬で雇い、移民たちの抹殺を企んだのです。

牧畜業者組合に属しつつ、肌が合わずに外れ者扱いのビリーは、この恐るべき計画をジェームズに暴露します。ジェームズは、組合の代表者フランク・カントン(サム・ウォーターストーン)を殴打し、「俺が保安官でいる限り、ジョンソン郡の住民に手出しはさせない」と宣言。
かくして牧畜業者と、移民たちを保護しようとするジェームズとの戦いの幕が切って落とされる。それが、1892年に起こった「ジョンソン郡戦争(Johnson County War)」です。

ジョンソン郡戦争とアメリカの自警主義

ジョンソン郡戦争は、アメリカの歴史でもタブーとされてきました。『シェーン』がこの事件を題材にしながら、設定をかなり変更したのは、恥ずべき歴史を忠実に再現して大多数の観客の反発を恐れたせいだと言われています。

『天国の門』は、いわばそのタブーに挑戦しました。主人公のジェームズ・エイブリルをはじめ、主要なキャラクターは実在の人物です。
もちろん映画化にあたって史実に変更を加えた点もあります。この映画では、大規模牧畜業者たちが目の敵にしたのはロシア移民とされていますが、実際は、それ以外の人々も含まれていました。特に多かったのは、元カウボーイたちです(以下、『天国の門』ではなく、史実に基づいてジョンソン郡戦争を語っていきます)。

ジョンソン郡戦争が起こった1892年は、ガンマンやカウボーイが無法地帯を自由に暴れまわった全盛期は、すでに昔話でした。特に大きかったのは、有刺鉄線の発明です。開拓農民たちが私有地を鋭いトゲのついた鉄条網で囲んだため、放牧していた牛が傷つくケースが多発し、牧畜業者との軋轢を激化させた。
大規模牧畜業者も、縄張りを鉄条網で囲って対抗しましたが、放牧の範囲が限られ、牛に食べさせる草が不足する事態を招き、開拓農民への憎悪を募らせる結果となった。

さらに大規模牧畜業者を悩ませたのは、牛泥棒の存在でした。『天国の門』では、飢えたロシア系移民がやむなく牛を盗む場面が描かれていましたが、実際に牛泥棒を行った者の多くは、食い詰めたカウボーイたちでした。彼らは、放牧中の牛を盗み、鉄条網で囲んだ私有地で数十頭程度の家畜を飼う、小規模な牧畜を営んだのです(大規模牧畜業者は、数百頭から、時には数千頭の牛を扱っていました)。

大規模牧畜業者たちが彼らを告発しても、法廷の陪審員たちは元カウボーイに同情的で、本来は絞首刑になるはずの泥棒たちに寛大だった。業を煮やした牧畜業者たちは、牛泥棒の疑いのある者を、法の手続を経ず、私刑(リンチ)しはじめました。
自ら武装して共同体の治安を維持しようとする考えは、ビジランティズム(自警主義)と呼ばれ、アメリカの悪しき伝統の一つなのです(2020年の大統領選挙でクローズアップされた極右民間武装組織ミリシアはその一例です)。

ジョンソン郡戦争の3年前、1889年7月20日、7人の武装した男たちが、カウボーイが盗んできた牛肉と引き換えに売春を行い、牛肉を転売して稼いでいたとされるエラ・ワトソンという女性を襲撃しました。さらに、彼女の隣に住んでいた愛人の男も拘束し、2人を近くの木に吊るして絞首刑にしたのです。

以後、牛泥棒の嫌疑を受けた者が殺される事件が相次ぎ、新聞は大規模牧畜業者への批判を強めました。それがかえって、業者たちの孤立感をかきたて、敵を抹殺しなければならないという強迫観念を育てた。
かくして1892年4月、ワイオミング州の大規模牧畜業者の組合が、抹殺すべき牛泥棒の容疑者125人のリストを作成し、ガンマンや元保安官をスカウトして数十人の武装集団を組織、ジョンソン郡へと向わせたのです。

武装集団がジョンソン郡に向かう途中、とある牧場に牛泥棒がいるという情報が入り、牧場の丸太小屋を襲撃しました。小屋にいたのは2人だけでしたが、数十人を相手に数時間にわたって勇敢に戦った挙句に命を落としました(この時殺されたネイト・チャンピオンとニック・レイは『天国の門』では、それぞれクリストファー・ウォーケンとミッキー・ロークが演じています)。
幸い、犠牲者はこの2人だけですみました。軍隊が仲裁に乗り出し、武装集団はあっさり降伏します。開拓農民の虐殺は回避されましたが、騒動を起こした大規模牧畜業者も起訴を免れるという、苦い結末となったのです。

孤立主義と移民、アメリカが抱える矛盾

『天国の門』は、複雑な背景を持つこの事件を、上流階級の牧畜業者が、貧しいロシア系移民を迫害したというシンプルな構図で描きました。
この映画で描かれた、旧来勢力が新参者を排除しようとする姿勢は、現在でも普遍的な問題だと感じます。移民を牛泥棒と決めつけ抹殺しようとする富裕な牧畜業者たちの姿から、メキシコとの国境に壁を築いて中南米からの移民流入阻止を訴えたトランプ政権や、中東からの難民流入に反対するヨーロッパの極右勢力を想起するのは容易です。そうした排外的思考は、現在の日本も無縁ではありません。

アメリカは1776年の独立以来、第2次世界大戦まで200年近くにわたり、孤立主義を貫いてきました。その伝統は根強く、問題があると「移民を入れるな」の大合唱が起こる。一方、次々に押し寄せる移民が新たなイノベーションを生み出すことで、世界一の大国になったのもアメリカです。例えば、動画掲示板YOUTUBEの創立者3人のうち2人は、アジア系なのです(バングラディッシュ系のジョード・カリムと台湾系のスティーブ・チェン)。

第一次産業のみならず、多くの分野において海外からの技能実習生に頼らざるを得ない現代日本も、学ぶことは多そうです。最近、外国籍の窃盗犯が農作物を盗んだ事件が報じられています。犯罪者が法に則って適切に裁かれるのは当然ですが、それが外国人差別や排外主義に結びつくことがないよう、切に願います。

ところで近年、このジョンソン郡戦争をベースとして、かつての日本映画の名作がハリウッドでリメイクされました。それについては稿を改めてご紹介します。(参考文献/鶴谷壽『カウボーイの米国史』朝日選書)

福岡貴善

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最近、長野県松本市に引っ越してきたフリーランス・ライターです。20年以上の出版社勤務経験を活かし、大好きな映画、小説、音楽など様々なテーマに絡めて「農」を考...

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