俺たちの時代は終わったのか? 農業と遊牧の対立を描いた西部劇『シェーン』

ライターズコラム

ハリウッド黄金期の古典的名作

前回、トランプ政権を予言した(?)と言われた映画『26世紀青年』を紹介し、トランプ大統領がプロレスの手法で、白人庶民層の支持を集めたと述べました。もう一つ、アメリカ大統領が庶民派を演出する小道具の一つがカウボーイ・ハットです。レーガン、ブッシュ・ジュニアらタカ派の大統領は、カウボーイ・ハットをかぶって「強いアメリカ」を体現すると同時に「親しみやすい」大統領を演じました。トランプ大統領は、2019年9月の日米首脳会議の席に、カウボーイ・ハットをかぶったアメリカ畜産農家団体の幹部を多数同席させ、「日本に肉を買わせる頼もしい姿」をアピールしたのです。

カウボーイ・ハットといえば、西部劇。今回は、西部劇の古典的名作『シェーン』を取り上げます。「カムバック、シェーン!」のラストシーンで有名なこの映画が公開されたのは、まさにハリウッド映画黄金期の1953年。開拓農民スターレット一家の家に雇われた流れ者のシェーンが、親切にしてくれた一家のため悪玉連中に立ち向かい、独り去っていくという、股旅時代劇にも似た物語は日本の観客をも魅了しました。
一方、アメリカ人にとってこの作品は、別の歴史的文脈で語られています。すなわち『シェーン』は、「強いアメリカ」というファンタジーを体現するカウボーイの時代が終わり、大地に根ざして生きる定住農民の時代が始まる、歴史的な分岐点を描いた作品なのです。

牧畜業者と開拓農民の対立

先日、久しぶりに『シェーン』を見直して驚いたのは、その語り口の鮮やかさでした。冒頭数分で、この映画の骨格をなす複雑な歴史的背景、その歴史を具現化した登場人物のキャラクターなどが手際よく描かれていたのです。
今回は、映画冒頭のシークエンスを少し長めに紹介しながら、ドラマのモチーフとなったアメリカ史の一コマをひもといていきます。

地平線まで広がる茫漠としたワイオミングの大草原。そこを流れる川に、一頭の鹿が立っている。近くの茂みには、ライフルで鹿に狙いをつける10歳くらいの少年ジョーイ。
彼方から馬に乗った男が、川を渡って近づいてきた。ジョーイは急いで走り出す。その先には一軒の丸太小屋。小屋の外では、実直そうな父親ジョー・スターレット(バン・ヘフリン)が地面を耕している。台所では母親マリアン(ジーン・アーサー)が料理の最中。
少年は父に「誰か来た!」と告げる。顔をあげたジョーに、柵の側まで馬を寄せた男シェーン(アラン・ラッド)は、「通ってもいいか?」と穏やかに問う。「いいよ」と答えるジョーにシェーンは言う。
「ここに私有地があるとは知らなかった」

重要なキーワード「私有地」が登場しました。この言葉の歴史的な意味を説明しましょう。
1776年、北米大陸東海岸の13州からスタートしたアメリカ合衆国ですが、1848年にカリフォルニアで金鉱が発見されたのを契機に(ゴールドラッシュ)、多くの人々が一攫千金を夢見て西部へと赴きました。そうした人々のため、牧畜が盛んだったテキサス州などから大量の牛が運ばれるようになった。無法者から牛を守るため銃で武装して輸送に携わったのが、いわゆるカウボーイです。

少し脇道にそれます。数年前、モンゴルの首都ウランバートル郊外の草原で、ゲルと呼ばれるテントに泊まった事があります。早朝、馬のいななきが聞こえるので外に出ると、数十頭の馬がゆっくりと丘から降りてきて、テントの傍らを通りすぎていきます。群れを率いる人間が見あたらず、野生の馬かと思いましたが、そうではなく、放し飼いでした。
牛や馬、羊は集団で移動する性質があります。それを利用し、家畜を移動させることで、草を食い尽くさないようにするのが放牧で、その範囲が広大になると遊牧と呼ばれます。

世界史上、遊牧民族が果たした役割は大きく、モンゴルのように遊牧民がユーラシア大陸の大部分を征服して大帝国を建てた例さえあります。アメリカでも西部開拓時代、公有とされた広大な大地に牛を放し飼いにしていましたが、19世紀になって転機が訪れます。
1862年に制定された自営農地法により、お金を払えば一定の土地を私有できるようになったのです。多くの人々が西部に移住し、自らの土地を柵で囲い、農業や小規模な定住牧畜を営むようになった。『シェーン』のスターレット一家が、囲まれた柵の中で数頭の牛を飼い、小さな畑に苗を植えている風景は、彼らが自営農地法に則って土地を私有した「小規模牧場主」であり「開拓農民」である事を示しているわけです。

スターレット一家のような開拓農民は、伝統的な大規模牧畜業者から見れば、自由に家畜を移動させてきた草原に現れた障害物に他なりません。かくして大規模牧畜業者と、小規模牧場主や開拓農民との間に摩擦が起こり、次第にエスカレートしていきました。続く場面では、その衝突が描かれます。

わずか6分間で語られる物語の骨格

ジョーに水を勧められ、馬から降りたシェーン。その背後でジョーイ少年がガチャリとライフルの音をさせる。咄嗟に腰の拳銃に手をやり、膝を落として身構えるシェーン。
そこに、馬に跨った7人の男たちが奇声を発しながら駈けてきた。息子の手からライフルを取り上げ、シェーンにつきつけるジョー、「おまえも、ライカーの一味なのか?」。シェーンは否定する。「顔も知らない」。
やがて7人の男たちは、畑を踏み荒らしながらスターレット家の庭に押し入ってくる。ならず者らしい風貌の男たちを率いているのは、白い髭面の老人ルーフ・ライカー(エミール・メイヤー)、威圧するように「牛肉の売買契約が成立した」と言う。「俺には関係ない」とジョー。「そうはいかん、俺たちの土地を返してもらう」と声を荒げるライカーに、ジョーは「ここは俺の土地だ」。ライカーは激高し「冬までに立ち退かないと、おまえも、おまえの仲間たちも力ずくで追い出すぞ、不法占拠野郎!」。ジョーは負けずに言い返します。「力ずくだと? やってみろ。おまえたちは刑務所行きだ!」
シェーンの存在に気づいたライカーが「何者だ?」と問う。シェーンはこう答えた。
「スターレットの友人(friend)だ」
ライカー一味が去った後、ジョーはシェーンに「あいつらの仲間だと勘違いした」と謝罪し、こう付け加える。「ライフルに弾丸は入ってない。幼い息子に、実弾入りの銃を貸すわけにはいかないからね」。

以上、映画が始まって6分弱。出会い、緊張、危機の予兆、和解とメリハリがきいたドラマが展開するなか、主要登場人物が出揃います。よそ者であり本来は部外者の主人公シェーン、善玉のスターレット一家、そして悪玉のライカー一味。台詞で分かるように、ライカーは、新参者の開拓農民に商売を邪魔されている大規模牧畜業者。そのライカー一味には、いかにも悪役な風貌の俳優がキャスティングされ、観客は開拓農民側に同情を寄せる仕組みになっています。牧畜業者にだって生活があり、一方的に悪玉にされるのは気の毒ですが、善悪を明確にした方が、観客は安心してストーリーに入り込めますから、そのあたりはエンタメの手法として間違ってはいません。

シェーンとは何者か

そして、シェーン。彼が何者なのかは映画の最後まで明かされません。背後でジョーイ少年がライフルの音を鳴らした時の反応から、彼が修羅場をくぐり抜けてきたガンマンであり、追われる身であろう事は想像できる。力が支配する自由な大地を腕ひとつで生きてきた、どちらかというとライカーに近い人物だったかもしれません。
そんな彼がなぜ、自分の銃を実弾抜きで息子に与えた、すなわち武器を捨てた農民ジョー・スターレット一家に「味方(friend)」したのか。
映画の終盤、シェーンはライカーにこう言います。「残念だが、あなたは長生きしすぎた。あなたの時代はもう終わったんだ」と。「おまえはどうなんだ?」と問い返すライカーにシェーンは答えます。「俺は、引き際を心得ている」。

そう、シェーンは自ら、古い時代に幕を引いたのです。演じるアラン・ラッドの静謐さをたたえた美しい容貌は、世代間抗争を終わらせるために遣わされた天使のように見える。
実際、19世紀末から20世紀にかけ、鉄道の発達もあいまってカウボーイの時代は終焉を迎えます。その後もカウボーイは、開拓のヒーローとしてアメリカ人の心に残り続けました。しかし、それがファンタジーだという事は、実際のカウボーイの多くは黒人や東洋人だったのに、西部劇映画では白人カウボーイしか登場してこなかった事で明らかなのですが。

遊牧民と定住農民が衝突する歴史は、古代中国の漢帝国と遊牧民・匈奴との果てしない戦争など、世界中で繰り返されてきました。『シェーン』は、そうした普遍的な歴史的事象を、小さな開拓村を舞台に、最小限度の登場人物でコンパクトに描きました。

この映画が題材としている事件があります。1892年、数十人の武装集団が数日にわたって開拓村を襲撃し、軍隊が出動するに至りました。それを『シェーン』は、酒場での一対三の決闘という形に凝縮しました。史実の再現よりも、そのエッセンスをわかりやすく抽出することで、アメリカ以外の世界じゅうの人々の記憶に残る名作になったのです。
その事件(ジョンソン郡戦争)を、史実に忠実に描いた映画も存在します。稿を改めてご紹介したいと思います。(参考文献/鶴谷壽『カウボーイの米国史』朝日選書)

福岡貴善

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最近、長野県松本市に引っ越してきたフリーランス・ライターです。20年以上の出版社勤務経験を活かし、大好きな映画、小説、音楽など様々なテーマに絡めて「農」を考...

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