農業からやり直そう! トランプ政権を予言した映画『26世紀青年』

ライターズコラム

完成後1年、公開されなかった問題作

2020年は、4年に1度のアメリカ大統領選挙の年。11月3日の選挙に向け、共和党の現職ドナルド・トランプ大統領と、民主党のジョー・バイデン候補との間に舌戦の火蓋が切って落とされたとたん、トランプが新型コロナに感染するという事態になりました。
選挙戦の結末は、本稿執筆の時点ではわかりませんが、この機会に、ドナルド・トランプという特異な大統領が、メディアや知識層から轟々の非難を浴びながら、4年にわたって根強い支持を得ていたのはなぜか、一本の映画を軸に考えてみたいと思います(以下、政治に関する見解は、あくまでも筆者個人の見解です)。

今回取り上げる映画は2006年制作の『26世紀青年』。日本では劇場未公開です(2008年にDVDが発売)。アメリカ本国でも、完成してからずっとお蔵入りしたまま、1年後に小規模公開された、低予算の小品です。
しかし、奇想天外な内容や、風刺に満ちたブラックユーモアがカルト的な人気を呼びました。日本でも、好事家が日本語字幕をつけた動画がネットで出回るなど、一部で大きな反響を呼びました。

映画の原題はIdiocracy。「ばか、まぬけ」(研究社『新英和中辞典』より)を意味するidiotに、「政体」「支配」を意味する名詞語尾のcracyをくっつけた造語で(例:democracy/民主主義)、「ばか、まぬけが支配する政治体制」といったところでしょうか。

主人公はアメリカ陸軍に勤務するジョー・バワーズ(ルーク・ウィルソン)。何をやっても平均的な、凡庸を絵に描いたような若者です。その彼が、陸軍が極秘に研究していた冷凍睡眠の実験台にされることに。ところが手違いで放置されてしまい、目覚めてみたら500年後の26世紀。

その間アメリカは、高学歴夫婦が「まだ、自己実現できてないから」「もう少し仕事のメドがついてから」などと子供を作らないでいるうちに、貧しい低学歴層は「貧乏人の子沢山」で人口が増える一方。こんなふうに500年が過ぎるうち、アメリカはidiotが支配する世界になっていた、という実にひどい話で、なかなか公開されなかったのも無理はありません。

500年後のアメリカ大統領は元プロレスラー

で、500年後に主人公ジョーが目覚めたアメリカは、あたり一面ゴミの山。誰も掃除する人がいないからです。街にはポルノショップとファストフード店しかなく、テレビ番組は低俗なバラエティショーだけ。まさにidiotだけの国になっていたのです。

きわめつけは大統領。アフリカ系のアメフト選手テリー・クルーズ演じるカマチョ大統領は、元プロレスラーでポルノ男優という設定です。議会は、大音響のロックが鳴り響くなか、派手なコスチュームの元プロレスラーが放送禁止用語を連発してマイク・パフォーマンスを行う劇場と化し、ホワイトハウスの側近たちは、露出度の高い服装のグラマー美女や、ジャンクフードばかり食べすぎてお腹が出っ張った連中ばかり。

こんな26世紀アメリカにおいて、主人公のジョーは、最高級の知性扱いされます。そこで大統領からジョーに与えられた課題は、農業の復活。アメリカの畑は荒れ果て、生産は減る一方。なにせ、甘ったるい清涼飲料水ばかり飲んでいる26世紀のアメリカ人は、「体にいいから」と、真水ではなく、スポーツドリンクのゲータレードを畑にまいている有様ですから。

かくして21世紀からやってきた凡庸な青年ジョーは、アメリカの農業をまともな形に戻すため、さまざまなトライを続けていくハメに。しかしながら、やがてその努力は少しずつ周囲に伝播し、26世紀のidiotたちも「知の大切さ」に目覚めていく……というお話です。

プロレスから学んだ「トランプ節」

4年前の2016年、トランプが大方の予想を裏切って、大統領選挙に勝利した直後、この映画は「予言があたった!」と話題になりました。

トランプは、過激な演出で知られるプロレス団体WWEと縁が深く、トランプ得意の(そして知識層からは顰蹙をかった)機関銃のようにまくしたてる弁舌(トランプ節)は、プロレスのマイク・アピールから学んだという話もあるくらいです。2007年には、自らリングにあがり、WWEの名物オーナーであるビンス・マクマホンと試合を行いました。

そう、元プロレスラーの大統領という設定が、映画の舞台である26世紀よりも500年前に、早くも実現してしまったというわけです。

プロレスといえば存知のとおり、対戦相手同士が事前に、如何に試合を盛り上げるかを打ち合わせる、シナリオのあるショーです。WWEは、そういうショー的要素を極限にまで高め、虚実おりまぜた演出で一世風靡しました。

例えば、こんな具合です。1990年代、WWEきっての花形選手だったスティーブ・オースティンが、控え室で何者かに襲撃されて重傷を負い、長期離脱を余儀なくされました。どうやら、彼の人気に嫉妬したレスラーの仕業らしいが確証はない。
疑心暗鬼がWWE全体を包む中、犯人らしいレスラーがいつもどおり試合に臨もうとすると、突然、大音響の音楽が鳴り響き、現れたのは療養中のはずのスティーブ・オースティン。満座の大歓声のなかリングにあがり、マイクを奪って「お前か、俺を襲ったのは!」と詰めよる。否定する相手に「いずれリングで決着をつけてやる!」。会場、大喝采。

番組では、スティーブが襲撃される場面、事件の真相について噂しあう仲間たちなどが、どうやって撮影したのか、定点カメラではなく移動撮影で映し出されています。要するにヤラセですけれど、プロレスファンは、すべてシナリオにそったフィクションだと承知の上で、割り切ってレスラーたちの「演技」を楽しんでいるわけです。

しかし、そうした手法を現実政治の場に持ち込んだら、何が起こるでしょうか。

アメリカでは白人の人口が減りつづけており、遠くない将来、マジョリティの座から滑り落ちることは明らかです。そうした不安を抱く白人層にとっては、他人種との共生なんてしんどい課題を与えられるよりも、「メキシコとの国境に壁を作って、やつら(中南米からの不法移民)を入れないようにしろ」と悪玉をでっちあげて吠える大統領に応えて、「そうだそうだ」「あいつらが悪い」「大統領、なんとかしてください、応援してます!」とエールを送っているほうが、気分は明るく高揚できるはず。

そんな支持層に合わせて思いつきの言葉を並べるトランプ大統領がどれだけ嘘をついたか、アメリカの大手メディアが詳細に報じても、岩盤支持層にとっては無意味でした。退屈なファクトより、刺激的なフェイクのほうが楽しい。人間が「フィクション」を求めるのは、辛いことの多い現実の生活だけでは、生きていくのに耐えられないからです。

いま必要な、「農業」のリアル

アメリカにはもともと、知的エリートへの懐疑や反発が根強い伝統があります。トランプは、2016年の大統領選挙の際、対立候補のヒラリー・クリントンを「信じがたいほど意地悪で、卑劣」などと口汚く罵りました。名門イェール大学ロースクールを卒業した弁護士出身のヒラリーに、聞くにたえない雑言を浴びせることで、インテリ(しかも女性!)に反感を抱く保守層の喝采を浴び、大方の予想を覆して大統領の座についたのです。

上に述べたWWEも、スーツ姿にネクタイといった、インテリ風のコスチュームを来た悪玉軍団を、庶民代表のレスラーたちが叩きのめすという演出があった。トランプはいわばアメリカを(世界を?)、「いけすかないエリートぶったあいつら」と「オレたちワタシたちのトランプ」が戦うプロレスショーに変えてしまったわけです。

しかし、そんな政治ショーは、必ずほころびが出ます。トランプが「コロナなんて消毒液を注射すれば治る」とデタラメを言ったり、「チャイナウィルスを拡大させた中国は責任取れ」と攻撃したりしている間に、アメリカの新型コロナによる死者は20万人を超え、トランプ自身も入院する羽目になったのですから。

映画に話を戻せば、『26世紀青年』に登場する、ジャンクフードやポルノなどお手軽な快楽に耽るばかりのアメリカを救う手段として、農業が選ばれたことは注目すべきです。

現実逃避の快楽は、ネットというツールを使えば簡単に手に入ります。
農業はそうはいきません。自然を相手に命を育てる作業に、フェイクやバーチャルが入り込む隙はありません。求められるのは、地道な反復作業や、経験を通じて積み重ねられた知識。リアルだけが通用する世界です。

快楽に逃避することなく、現実を踏まえた視点で世界を見つめ、次々に現れる困難に立ち向かっていくべきか。その課題はアメリカだけでなく、日本もまた抱えているのではないでしょうか。

福岡貴善

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最近、長野県松本市に引っ越してきたフリーランス・ライターです。20年以上の出版社勤務経験を活かし、大好きな映画、小説、音楽など様々なテーマに絡めて「農」を考...

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