「百姓の嫁になれ」!? ジブリアニメ『おもひでぽろぽろ』ヒロインの選択

ライターズコラム

農業をテーマにした唯一のジブリアニメ

今回は、日本アニメの黄金時代を築き、世界にもその名を轟かせた名コンビ、高畑勲と宮崎駿が組んだジブリアニメ『おもひでぽろぽろ』(1991年)を取り上げます。

今年の春、長野県に転居したばかりの私は、池田町から安曇野市にかけての水田地帯の農道を自転車で走っていました。突然、強い風が吹き、あたり一面に拡がる水田の苗が同じ方向に靡いて、まるで海面が波打つように動いたのです。その時、私は思わず「あ、『となりのトトロ』のあの場面だ!」と口に出して叫んでしまいました。

ジブリアニメの代表作の一つ『となりのトトロ』(1988年)のクライマックス、サツキとメイの姉妹が猫バスに乗って、お母さんが入院している療養所に飛んでいくシーン、画面いっぱいに拡がる水田の苗が風に吹かれて靡く場面と、そっくりだったのです。

高畑勲・宮崎の名コンビの作品に共通しているのは、自然と人間との関わり合いです。たとえば、2人のコンビの初期作であるテレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』(1974年)で、壮大な景色のなか羊の乳でつくったチーズで食事するシーンを覚えている方も多いはず。自然と共生しながら、その恵みを大切に享受することの尊さが表現されていました。

このテーマは、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』(1984年)『もののけ姫』(1997年)や、高畑勲監督の『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)などのジブリアニメにも受けつがれました。ただ、人間が自然のなかで生きていく上で、もっとも原初的な姿であるはずの第一次産業、とくに「農業」については、意外と正面から取り上げられていません。

『魔女の宅急便』(1989年)のパン屋さん、『紅の豚』(1992年)の飛行機工場、『もののけ姫』のたたら場、『千と千尋の神隠し』(2002年)の湯屋など、労働の場を魅力的に描くことに長けた宮崎アニメでさえ、農作業が描かれている作品は、今のところありません。

そんなジブリアニメにおいて、数少ない例外が『おもひでぽろぽろ』なんですね。

なぜ原作にない「農業」を付け加えたのか

ところで、『おもひでぽろぽろ』の原作漫画(岡本螢・刀根夕子作)には、農業は出てきません。主人公の小学生タエ子の日常をノスタルジックに描くことに終始する原作に、高畑勲は別の物語を付け加えました。成人して27歳になったタエ子のお話です。都会でOL生活を送っていた彼女が、山形県の農家に滞在して紅花栽培の手伝いをしたり、有機農業を営む青年と知り合ううちに、農村での生活に魅力を感じていくドラマです。

この「改変」について高畑勲は、こう語っています。「若い働き手を失い、高齢化した農業従事者がいなくなった」農村は「いったいどうなるのかという人並みの不安や関心をもっていた」高畑は、一方で「職場を見渡してもこの年代(27歳)から三十代にかけて結婚していない女性が多い」現実に注目しました。「女性の選択肢が昔にくらべて増えた」「女性の解放・自立という点で、昔よりずっとよくなった」時代だからこそ「悩みも深くなったに違いない」と(高畑勲『映画を作りながら考えたこと』)。

これについて、プロデューサーを務めた宮崎駿は、「要するに、『百姓の嫁になれ』って演出家が叫んじゃった」作品だと総括しています(宮崎駿『風の帰る場所』)。実を言うと、東京に帰ることをやめたヒロインが、最後に何を選択したかは、具体的には語られていません。有名なアニメですので、物語の細部に立ち入ることはしませんが、過去と現在が交差したファンタジックなエンディングに、作者がどんなメッセージを籠めたのかは、さまざまな議論があります。

少し私事を。20年近く前、高畑勲さんにお目にかかったことがあります。その折り、日本アニメとディズニーアニメの違いについて話題になりました。私は「主人公を助ける小動物が登場する点は共通しているのでは」と質問しました。すると高畑さんは急に口を噤み、そのまま数分間沈黙が続いたのです。

難しい顔で黙り込んだ高畑さんに、私は、気に障る質問をしたのではないかと焦りました。しかし、そうではなかった。やがて口を開いた高畑さんは、「ディズニーアニメでは、主人公と、小動物が会話をかわすことはないが、日本アニメは違う」と、歴史や宗教を踏まえた日米アニメの脇キャラの違いを、小論文一つ書けそうな分量で語ったのです。

若造編集者の質問にも、精緻に論理を組み立てて答えようとする、徹底してロジカルな表現者である高畑勲は、なぜ、都会で働く若い女性をして「農業」を選択せしめたのか。

宮崎アニメと高畑アニメの、女性像の違い

日本の娯楽作品において、「農業」を真正面から描く作品は少ない。『男はつらいよ』の車寅次郎や『水戸黄門』の黄門様など、日本の大衆娯楽におけるヒーローの多くは「流れ者」です。土地に縛られ、地道な反復作業を基本とする「農業」は、非日常的空間で主人公を暴れさせ、観客の興奮を呼び起こす映像ドラマとは、相性がよくないのかもしれません。

一方、多くのドラマにおいて女性は、「流れ者」の男たちが帰ってくる場所を大切に守る存在として描かれました(『男はつらいよ』の妹さくらのように)。五穀を実らせる大地と、生命を生み育てる女性は、人間社会の営みを支える基盤と見なされました。だからこそ、「土地」(あるいは「イエ」)に縛りつけられる存在とされてきたのです。

そんなふうに描かれてきた女性たちを、大地から切り離し、大空を飛翔させたのが宮崎駿でした。『風の谷のナウシカ』のナウシカ、『魔女の宅急便』のキキ、『となりのトトロ』のサツキとメイ姉妹、『千と千尋の神隠し』の千尋たちは、メーヴェやほうき、トトロや猫バス、川の神である竜に乗って空を飛びます。

一方、高畑勲は、よりリアルな形で、女性たちを「解放」させようとしました。彼は「映画『おもひでぽろぽろ』演出ノート」で、こう語っています。「自然の驚異にさらされながら、自然から奪い、もらい、それを食べ、そして生きる。人間の営みの根本もまたそこにあった」「現代、そのような人間の営みの根本に近いところに生きているのは、いうまでもなく農業者である」(高畑勲『映画を作りながら考えたことⅠ』)

この文章から連想されるのは、『アルプスの少女ハイジ』第1回のシーンです。都会から連れてこられたハイジが、アルプスの大自然に触れ、坂を駆け下りながら一枚、一枚と衣服を脱ぎ捨て、最後は下着姿になってはしゃぐ。文明を脱ぎ捨て、自然と一体になることで解放される、後の「クララが立った」の奇跡にまでつながる、名場面です。

バブル経済まっさかりの都会で、表面上は「アフターファイブ(この言葉も死語でしょうか)を楽しんでいる」けれど、「新たに気持ちの整理や決断をしなければ、力強く前へは進めないような気がしている」ヒロインが、農業という自然な営みに入っていく事で「自己確立」する。それが、高畑勲が付け加えたドラマなのです。

農業は女性の「自立・開放」につながるか

『おもひでぽろぽろ』が公開された1991年は、バブル崩壊の予兆はあったけれど、日本経済はまだまだ好調でした、1985年に制定された男女雇用機会均等法が浸透し、単なる「お茶くみ」や「職場の花」でない、男性と同等に働く女性の存在がクローズアップされていました。日本にも、日本に生きる女性にも、素晴らしい未来が開いているという幻想(今となっては)が、満ちあふれていた。

それから30年を経た今、日本経済は長期低迷から抜けられないまま、国際競争力は落ちる一方です。女性の地位に関しても、世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップ指数も121位。男女平等や女性の社会参画が十全に実現できているとは言えません。

高畑勲が最晩年に監督した『かぐや姫の物語』(2018年)について、TBSの宇垣美里アナウンサーが、「『あぁ、女って人ではないんだ』って思う瞬間がたくさんあった」「女性はこういうふうにしなさい、こんな言葉使いはダメ、足を広げてはダメ……。『好きにさせてくれ!』みたいな」と語ったように(『アフター6ジャンクション』2018年4月17日放送回)。

#MeToo運動やLGBTをはじめ、世界的にジェンダーが見直されている今、果たして農業は、女性にとって「自立・解放」の契機になり得るのか。そんな視点を持つことは、日本の農業の未来を切り開くヒントになるのかもしれません。(文中敬称略)

福岡貴善

1,482 views

最近、長野県松本市に引っ越してきたフリーランス・ライターです。20年以上の出版社勤務経験を活かし、大好きな映画、小説、音楽など様々なテーマに絡めて「農」を考...

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。