『のだめカンタービレ』作者が描いた「農家のヨメ」になること

ライターズコラム

ダメな子が繰り広げるギャグ満載の恋愛コメディ

前回紹介しましたジブリアニメ『おもひでぼろぼろ』は、プロデューサーの宮崎駿いわく「『百姓の嫁になれ』って演出家(高畑勲)が叫んじゃった」作品でした。
では、実際に都会の女性が、農家の「嫁」になったらどうなるか? それを描いたのが、『のだめカンタービレ』で一世風靡した二ノ宮知子のマンガ『GREEN 農家のヨメになりたい』(全4巻、講談社、2001年)です。

ヒロインの吉川和子(よしかわ・わこ、と呼びます。おそらく当時セレブ婚で話題になった女優の吉川十和子からのネーミング)は、東京の調理専門学校に通う22歳。キャンプで訪れた秩父の山中で出会ったイケメン農業青年・小野誠に一目ぼれ。子供の頃に体験した田舎暮らしに憧れていた和子は、誠に頼み込んで週末の土日、農作業を手伝う事に。

大好きな誠と一緒にいるためならば、とてつもないアグレッシブさを発揮する和子ですが、おっちょこちょいな上に根気が続かず、すぐに疲れ切ってちらかった部屋で寝込んでしまう。誠の母親から「猫の手にもなりゃしない」と迷惑がられ、手伝うどころか足を引っ張るだけ。それでも恋を成就させるためがんばるうちに、次第に作業にも慣れ、農村の生活にも馴染み、誠との仲も深まっていく、というストーリーです。

ダメな子のヒロインを中心に、個性豊かな面々が繰り広げる恋愛コメディという枠組みは、同時期に連載が始まった『のだめカンタービレ』と共通するものがあります。『のだめ』ほどの大ブレイクにはならなかったけれど、ファンからは一定の評価を得た作品です。2004年にはNHKで、深田恭子主演でドラマ化されました。

農園を借りるほど畑仕事が趣味だった作者は、生まれ故郷の秩父や長野県戸隠村などを取材。品種ごとの育て方の違いや、地域での助け合い、地道な野菜作りより「いちご狩り」など観光を中心とした果樹園経営の方が儲かる実態など、丁寧な取材の成果が盛りこまれていて、現代農業のあり方を楽しく学べるテキストにもなっている。作者の農業愛と、特有のギャグセンスがほどよく配合された傑作です。

就職氷河期にふさわしいヒロイン像

ただ、現在の農業が抱える問題への言及という意味では、物足りなさを覚える読者がいるかもしれません。このマンガが連載されていた頃の『農業白書』を読みますと、農村の人口減少、耕作放棄地(休耕田)の増加、限界集落の出現など、深刻な問題が列記されています。農業就業人口は、1985年には543万人だったのが、2000年には389万人、そして現在は約170万人と、まさに減少の一途を辿っているのです。

ヒロイン和子が「猫の手以下」とけなされながらも、それなりに地域に受け入れられているのは、若い後継者不足という背景があるはずです。しかし、マンガにはそれを示唆する描写はありません。むしろ恋のライバルとして、「T.M.レボリューションばりのルックス」の清和希望、常にミニスカ姿のギャル大柴のぞみといった、おしゃれな若者が登場し、高齢者が目立つ現代農村の寂れた感じが出ないよう、工夫されているように見えます。

『おもひでぽろぽろ』は、バブルの真っ盛りであり、女性の社会進出が華々しく喧伝された1991年に製作されました。「女性の選択肢が昔にくらべて増えた」「女性の解放・自立という点で、昔よりずっとよくなった」時代だからこそ「悩みも深くなったに違いない」なか、作り手は選択肢の一つとしての農業を打ち出したわけです。

一方、『GREEN』の連載が始まったのは1998年。すでに就職氷河期(1995年度流行語大賞)と言われ、特に女子大生の就職率の悪化が表面化していました。専業主婦願望が芽生えはじめる一方で、共働きを余儀なくされる家庭が増加し始めたのも、この時代です。

単に好きな人と一緒にいたい一心で、農家に「嫁入り」するヒロイン像は、作者がどこまで意識していたかはともかく、そうした時代にふさわしかったのかもしれません。それに、女性が主人公のドラマを作る上で、恋愛要素は不可欠という認識は、当たり前すぎる大前提でした(あの理屈っぽい高畑勲の『おもひでぽろぽろ』でさえ、そうなのですから!)。

女性の「就農」の実態は

さて、『おもひでぽろぽろ』から約30年、『GREEN』から20年たった今、女性の就業先としての「農業」の実態はどうなっているのでしょうか。

2013年、農林水産省は「農業女子プロジェクト」を開始しました。全国の農業従事者の女性をネットワーク化し、それぞれの活躍をSNS等を通して発信することで農業の魅力を伝え、若手女性の新規参入を促す事業です。さらに企業と組んで、女性向けのおしゃれな軽トラや作業服、さらに仮設トイレなどの商品を開発しています(トイレが仕事場の近くにあるかどうかは、女性にとっては大問題でしょう)。

自治体独自の取り組みもあります。私の住む松本市でも、女性向けのセミナー等のイベント開催や、女性農業従事者向け商品(仮設トイレ、重い荷物を運ぶ際の負担を軽減させるアシストスーツ)への補助などを行っています。また、期間限定の農家のお手伝いを経験できる(賃金は支払われます)、アグリサポート(春秋2回、各6日程度)デイリーサポート(通年で実施、数ヶ月)などの無料紹介も行われています。

その結果、若手女性の農業参入は増えたのでしょうか。松本市の場合、農業に転職したいと、市役所に相談に訪れる女性は年に数人いるそうですが、実際に参入する人はほとんど男性だとか。家庭菜園ならともかく、生業として考えた場合、仮設トイレひとつとっても、若い女性にとって農業参入はまだまだ、ハードルが高いのです。

とはいえ、希望がもてる数字もあります。『農業白書』の最新版によりますと、女性の基幹的農業従事者は、1999年の108万人から2019年には56万人と半分近く減っています(主に高齢女性のリタイアが原因)。一方で、認定農業者となった女性は、20年間で5倍に増えたという統計もあります(1999年の2千人から2019年は1万1千人)。

認定農業者とは「農業経営改善計画」を自治体に提出して認められ、行政の支援措置を受けている、いわば「やる気と能力のある農業経営者」(農林水産省編『これであなたも認定農業者』)のこと。また、農業法人の役割にしめる女性の割合も21%と、2012年から10ポイント増加。主体的に農業経営に参画している女性は確実に増えていますし、女性が経営に関与すればするほど収益が上がるという調査結果も出ています。女性だけの農業法人さえ設立されはじめました。

和子が見出した「自分だけの仕事」

『GREEN』に、こんなエピソードがあります。失敗続きながらも努力を認められた和子は、農地の隅っこに小さなビニールハウス一つを与えられます。そこで和子は、大好きなハーブを栽培しはじめました。知り合いのイタリアンレストランに卸してお小遣いを稼ぐ程度の収益。それでも、初めて許された「自分だけの仕事」に夢中になって取り組む和子。

そんな折り、東京の高級料亭から、誠が作っている野菜を使おうという話が舞い込んできます。これで誠も一躍有名になる、もっと野菜の収穫を増やして売り出そうと周囲は大騒ぎ。誠の母親は「ネギ畑の横の余った土地、あそこに畑とハウスを造ろう」と言い出しました。そこは和子の大事なハーブ畑。でも、和子は何も言えません。

「うちの本業は誠さんの野菜なんだから」「いいんだ、わたしは。誠さんのお嫁さんになれればそれで」と自分に言い聞かせる和子。でも、諦められません。「自分が思ってる以上に、農業に、この仕事にはまっちゃってたみたい」と。どうする、和子?

和子が単なる「農家のヨメ」ではなく「自立した農業者」になりうる兆しを示唆した、ほろりとする、いいエピソードでした。

ディズニーの『アナと雪の女王』以来、男女の性的分業を見直す時流にあわせ、いわゆる王子様キャラが登場しないヒロインドラマが、次々と作られています。農業女子が主役の、恋愛要素のないエンタメ作品はあるのでしょうか。(敬称略)

福岡貴善

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最近、長野県松本市に引っ越してきたフリーランス・ライターです。20年以上の出版社勤務経験を活かし、大好きな映画、小説、音楽など様々なテーマに絡めて「農」を考...

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