「地域の担い手として生きる」若手農家 吉田宙斗さんインタビュー

Humans of 農業

今回のHumans of 農業は、京都府で農業をされている吉田宙斗さんです。25歳という年齢ながら独立して農業を始めた経歴の持ち主です。とても明るい人柄で話が弾み、学生時代の経験から独立に至る苦労など、濃い内容となりました。

――どのような作物を育てているのでしょうか?
京都府の南丹市というところでさつまいもと九条ネギを育てています。

――南丹市という場所はどのようにして選ばれたのでしょうか?
実家が兵庫県にあるので、関西圏で考えていたのと、補助が手厚い場所を探していたところ南丹市にたどり着きました。たとえば、新規就農者には機械の導入には60%の補助、ハウスの設置には80%の補助があるんですよ!おかげで助かってます笑。

――かなり手厚いサポートがあるんですね。さつまいもと九条ネギの栽培について詳しく教えて下さい。
さつまいもは、栽培と加工もしています。これは、京都の芋を使いたいと言ってくれた方がいて、その方と共同でやっています。具体的には干し芋ややきいもに加工して販売しています。ネギに関しては、加工業者に卸したり、道の駅に出荷したりしています。さつまいもに関しては、京都でこれだけ苦労してさつまいもを育てている人は私以外いないんじゃないかな、という自負はあります笑。

――さつまいもには特に思い入れがあるんでしょうか?
そうですね。南丹市でさつまいもを育てている人があまりいない、ということもありますが、それよりも独立前にいた会社でさつまいもを育てていたんです。

――独立前のお話を聞かせてください。
そもそも、私は全然農業とは縁がない人生でした。2人の兄が公務員をしていたので、私も公務員でいいかな〜と大学時代は思っていて、内定ももらいました。でも、本当にこれでいいのかな…という漠然とした不安もありました。公務員はある程度年齢重ねても受けられるし、民間でやっていく力はどこにいっても必要なんじゃないかと思ってベクトルを変えました。切り替えたのが遅く大変だったんですが、無事に食品加工会社に就職しました。

――どうしてその会社を選ばれたのでしょうか?
その会社は親友の父親がやっていた会社で、社長の人となりも分かっていたから、というのが大きな理由です。そこで、初めて農業と出会いました。原料の生産から加工、商品の製造までをする会社だったので、その工程を初めてみたときに、何気なく口に入れていたものがこうやってつくられているんだ!と衝撃を受けたことをおぼえています。

――その会社でさつまいもを育てていらっしゃったんですね?
はい。場所は福島でした。福島はさつまいもの生産が盛んではないんですが、ベンチャーな取り組みをする会社で、栽培することになりました。私とパートの方含め10人くらいで30haほどの土地でさつまいも栽培していました。畑が飛び飛びにあって合計で30haなので、移動が大変でした。生活も朝3時〜夜21時までを1年間続けました。とにかくしんどかったですね笑。でも、今はこの経験のおかげで、多少のことではへこたれない人間にはなったと思います。それに、この会社に出会ってなければ今農業はしてないですね。

――お話を聞いているだけでも大変なのが伝わってきます。そこから独立されたのはどうしてでしょうか?
1年半ほど会社にはいたんですけど、私はできないことはできない!とはっきりものを言ってしまうタイプで、上司とうまくいかなかったという部分がありました。後輩もほぼいなかったので、自分の身は自分で守るためにも、とりあえずやめようと思いました。

――「自分の身は自分で守る」身に沁みます。農業はすぐ始められたんでしょうか?
特にこれをしようというのは決めてなかったんです。改めて公務員を目指すことも考えましたが、初めて農業に携わって、初めてのものに出会う感動があったことを思い出して、あの経験をもっと味わいたい、農業だったらもっと出会えるんじゃないかと思って独立することにしました。

――独立して農業を始めるのは大変だったんじゃないでしょうか?
おっしゃるとおりです。当たり前ですが、自分で全てやらなければならないので、会社員のときよりも仕事の幅は増えました。あと一番難しいのは「Googleで何を調べたらいいのかわからない」ことです。農業経営をするのにはどうしたらいいのか?儲かるにはどんなことをすればいいのか?どこにも答えはないんです。できることといえば人に聞くしかないんです。仕方がないので、まず地域の長みたいな人を訪ねました。そうしたら、警戒されてすぐに帰されました。

――どうしてでしょうか?
そもそも、南丹市でさつまいもを育てている人がいない上に、年齢も若く、他の地域から来た人間というのもあったのか、やるのは厳しいぞと怒られました。父親が息子の無茶を止めるように、愛のある厳しさを喰らった感じでした。それでも、度々その方のところに通ううちに、良い畑を紹介していただいて、農業を始められるようになりました。

――その方の存在は大きいですね。独立して農業を始めて、どんなところにやりがいを感じているでしょうか?
正直なところ楽しくないことの方が多いです笑。楽しいことといえば収穫の初日ですね。最初のうちは感動しますが、あとは作業になってしまうので。それに、農業は去年と同じことをやっても同じ結果にはならないですし、日々新しい発見があるのは好きです。もう一つ、天候に左右される農業ですが、自分の頑張りが如実に出ます。サボればサボっただけダメになります。かと言って自分を追い込みすぎるのも良くないので、抜きどころと頑張りどころを自分で決めていけるのは私に合っています。

――農業に携わるなかで、課題を感じるところはありますか?
1つ目は、自治体側の受け入れ体制が課題だと思います。私のように、移住して農業をする方が増えてますが、初めは孤独を感じることもあります。移住者が自覚と覚悟を持つことは前提で、新規参入がしやすいように、移住してからのサポートを手厚くして、門戸を広げていくことが重要だと思いますし、そうしないと農業の未来もないと思います。
2つ目は、スマート農業についてです。トラクターや畝づくりは、圧倒的にITを使うほうが体力的な負担が減るので、AI化をやっていくべきだと思います。ですが、日々の作業でこうしたほうがよく育つなど、長年の経験と勘はAI化できないと思います。AI化すべき部分とすべきでない部分が混在するので、両立させていくことが大切だと思います。

――農業をする上での原動力はなんでしょうか?
私は周囲の中でも断トツで若いので、良くも悪くも注目される存在にいます。プライバシーがないとも言えますが、逆に頑張っているところも見てくれます。地域の方や学生時代の友人も応援してくれていて励みになっています。横の繋がりもたくさんできたので、その方たちに恩返しできるようにしたいです。

――吉田さんが大切にしている言葉があったら教えてください。
1つは「しんどくてもやり続けたらいつか勝てる」です。今はまだ駆け出しですが、この言葉を信じてやっています。もう一つは、中学時代に生徒会の先輩に言われた「お返しは、私じゃなくて他の人にしてあげて」です。私も、誰かにありがたいことをしてもらったときは、次は別の人にしようと誓っています。

――すてきな先輩ですね。これからの展望を教えてください。
さつまいもと九条ネギに加えて、黒大豆やとうもろこしもやってみたいと思っています。また、農業以外でも稼いで、将来的に家族を養っていきたいです。さらに、地域の田園風景や文化も絶やさないよう、地域の担い手となっていきたいです。

――最後に、吉田さんにとって農業とは何でしょうか?
人間の食を支える最も大事な産業です。そういうプライドがなければやっていけないものだと思います。人間の原点でもある、職人のような高尚な職業だと思います。

【編集後記】
今回取材をさせていただいて感じたのは、吉田さんの行動力とそれを支える軸と意志の強さでした。また、農業界が良くなるための考えを確かに持ち、移住・就農というプロセスを経験された吉田さんならではの想いが滲み出ていました。独立して間もないという状況ながらも、ご自身の将来の展望がはっきりと見えているだけでなく、地域の担い手として生きていこうという姿勢には襟を正す思いがしました。

Shuhei Miyagawa

フリーランスのライター。ボランティアでキャリア教育と国際協力やってる信州人。農業に関わる人たちの”想い”を届けたい!

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