農業人として生きること part.1

Humans of 農業

今回のHumans of 農業の主人公は長野県上田市でお米とカボチャを生産する山本さんです。
山本さんはサラリーマンとして定年まで勤め上げた後、実家で農業を継ぎ、現在に至ります。
今回お話を伺うと、農業を通して山本さんが築き上げた価値観に触れることができました。
どんな仕事もいい面ばかりではないことは、いつでもどこでも共通して言えることだと思います。
山本さんは農作業を大変としつつも、会社員時代には得られなかった幸せを得たそうです。実際、ご自身で生産している作物のお話や農業のお話をされている時は、終始楽しそうにお話されていました。
そんな山本さんのインタビューは全3作を予定しています。ぜひご一読ください。

−−− いつ頃から農業に携わるようになったのですか?
農業はね、お手伝いは子供の頃からやっている。父と兄とね。

−−− 本格的に農業を始めたのはいつですか?
兄と一緒にやり始めたのは退職してからだね。 
それまでは兄に全部頼っていたから。
自分一人で本当にやり始めたのは、そうだね、ここ3、4年ていうところかな。

−−− ずっとお米とカボチャを育てていたのですか?
兄はお米だけだった。

−−− では山本さんがカボチャを始めたのですか?
そうそう笑カボチャは俺が始めた。

−−− なぜカボチャを栽培しようと思ったのですか?
いや〜ご存知のように農業はね、経済的には非常に虐げられているから、
農業だけでやっていくわけにはいかないでしょ。
そういう中で農協の勧めもあって、比較的反収が良いということで、カボチャを始めたんですよ。
カボチャはね、これは冬至カボチャなんですよ。なので抑制栽培なんだよね。
ふつうのカボチャってのは春先にタネを播くんだけど、抑制栽培では7月にタネをまくんだよ。それで、冬至かぼちゃだから10月の末にとりこんで、11月いっぱい寝かしておいて、要するに追熟っていうんだけど、追熟させて、冬至の頃市場に出回るようにしているの。

農業のお米の値段が下がっちゃったでしょ。
昔はね、一反分だいたい10俵取れて、一俵あたり2万くらいしたの。
それがどんどん下がってきて、今は(一俵あたり)1万2千に届くか届かないかくらいなんだよ。
それで、田んぼでお米を作るのと同じくらい、冬至カボチャは反収が取れるっていう話で、始めたの。実際それくらい近くは取れているよ。

−−− ご自身のカボチャで自慢できるところはありますか?
う〜ん、自分のカボチャがいいかってことでしょ?それはね〜人並みに作るのが精一杯。今のところは。我々のようにサラリーマンやってきて、60代でさあ農業を本格的にやるかって言っても、手を出せる作物は少ないんですよ。
新しいことをやり始めても、これからだんだん歳をとっていくし、多分体がついてこなくなると思う。

昔はお手伝い程度でやっていた頃は農業は嫌で嫌で仕方なかった。
農作業って大変なんですよ。
だけど今は、自分に合った職業なのかなと思っている。
なぜなら気候と一緒に動けるから。
夜は動かなくてよくて、昼間作業すればいいから。
勤めている時は夜遅くまでやって、それで朝早く出て行っていたから、そういう意味では大変だったんだけどね。
今はお天道様とにらめっこしながらやっているから、お金では買えない健康とか、そういうものが得られる。
嫌という気持ちは今はないし、これからも農業を続けていきたいなと思う。

Yui Takato

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